第15章ADR運用の重さ ── 何が大変で、どこに注意するか
ADR運用の重さは、上流の品質を保ち続ける重さ
ADRの運用は、重いものです。決めるたびに書き、書いたものを引き、突き合わせ、揃え続けなければなりません。では、この重さは何のための重さなのでしょうか。
SIでは、上流の品質が、後の工程を左右するとよく言われます。上流で決めたことが抜けていたり、決めた理由が分からなくなっていたりすると、後の工程で調べ直しや手戻りが起きます。ADRは、上流で決めたことを、決めた理由と一緒に、辿れる形で残すための手段の一つです。
だから、ADR運用の重さは、上流で決めたことを、決まった状態のまま保ち続ける重さだと言えます。この重さは、プロジェクトのあいだずっとかかります。けれども、後の工程で起きる手戻りは、直すのに使える時間が短いことがほとんどです。ADR運用の重さは、その手戻りそのものを減らすための重さです。
そして、この重さの多くは、AIに寄せられます。人に残るのは、判断の重さです。
AIに寄せられる重さ
量の重さは、AIに寄せられます。影響範囲でADRを引いて成果物と突き合わせる、新しいADRができたら前に書いた成果物へ遡って検算する、採番・形式・つながり・索引を揃える(台帳係の仕事)、発展の候補を洗い出す、といった作業です。
この量は、ADRと成果物が増えるほど、掛け算で増えます。1つの成果物が引くADRの数は影響範囲で限られますが、1つのADRが突き合わせる成果物の数には、上限がありません。「横断」のADRなら、すべての成果物が相手です。それでも、この重さはAIの利用コストとして払えます。その分、人は、決めることと判断することに時間を使えます。
気をつけたいのは、2つです。
- 渡す材料を、作業に要る分に絞る。AIは、材料が膨らむと精度が落ちます。成果物を書かせるだけなら、当たるADRの制約で足ります。決めた理由まで要る作業なら、そのADRの全文を渡します。
- AIが拾える形で書いておく。ADRのID、影響範囲の名前、未決の印が揃っていないと、AIは引くことも突き合わせることもできません。
人に残る重さ
判断の重さは、人に残ります。何を決めてADRにするか。AIが返してきた指摘を、直すか、持ち越すか、採らないか。発展させるか。いつADRを置き換えるか。そして、決めたことを発注者と読み合わせることです。
軽くしたいのは、この重さです。いま分かっている工夫は、次の3つです。
- 迷ったら書く。書きすぎたADRは、AIが影響範囲で引く量が限られるので困りません。書かなかった決定は、台帳に跡が残らず、どの検査でも見つけられません。
- その場では、何を決めたか、なぜか、制約だけを書く。似たADRがあるか、発展の候補になるかは、棚卸しでまとめて見ます。
- 発展させたら、守られていることを確かめる仕組みに入れる。執筆ガイドに書いただけでは、1件ずつの検査からは外れるのに、守らせるものがありません。食い違いが見つからなくなっただけで、重さが減ったように見えます。これがいちばん悪い形です。
ADRを残すことの裏返し
ADRに書いた決定を、AIは守ろうとします。これは狙いどおりです。決めたことを、AIが勝手に変えなくなります。
ただ、裏返しもあります。あとで、もっとよい方針のアイデアが出ても、AIはADRに書かれた今の方針で進めます。ADRが効いているほど、方針は動きにくくなります。どちらかだけを取ることはできない、トレードオフです。
方針を変えたいときは、ADRを置き換えます。その場でAIに別の方針を伝えても、ADRが残っている限り、AIはそちらへ引き戻されます。AIがADRを理由に提案を退けたときは、その決定を見直す時期かどうかを、人が考える合図にもなります。
まだ解けていないこと
正直に言うと、本書は、ADR運用の重さについて、次のことをまだ解けていません。
- 人に残る重さを、どこまで軽くできるか。
- ADRに従わせることと、よりよい方針を探させることの釣り合いの目安(どの決定を、どの頻度で見直すか)がない。
実践するプロジェクトが増え、AIが進化していけば、これらは解けていくはずです。