全章連続表示(印刷用)

第5章深める ── 議論・決定・未決

叩き台には必ず未決と論点が残ります。この章は、議論して決めたことをどう残し、決まらなかったことをどう持ち越すかを扱います。決まったことはADRへ、決まらなかったことは未決型ISSUEへ——その振り分けと、成果物側の未決の書き方を定めます。

議論は、どう進めればよいか

叩き台を挟んで、SE と発注者が議論します。論点を出し、確認し、合意する——この進め方そのものは、これまで培ってきたものです。本書は、新しい会議体も、新しい議論の手順も持ち込みません。動くものを見せたほうが違和感が言葉になりやすい、といった現場の知恵も、そのまま使ってください。

本メソッドが足すのは一点だけです。議論の出口を、記録として残すこと。出口は2つしかありません——決まったか、決まらなかったかです。

この議論にも、AIのサポートは効きます。させるのは、散らばった論点を並べ、決めるべきことを人の前に揃えることです。論点の候補を並べる、同じことを指している論点をまとめる、決まっていない箇所を指し示す——ただし、ここまでです。どれを論点として立てるか、どう決めるか、どこに残すかは人が決めます。論点に答えを出すのも人で、とりわけ業務の判断は、発注者側の責任者が負います。

AIに、どう任せるか

論点の整理は、議論の前と後の両方で効きます。

すでに試されているかもしれませんが、ぜひ一度、AIと対話して、バイアスのかかり具合を体感しておいてください。自信に満ちた流暢な説明が、どれだけ抵抗なく自分の判断に入り込んでくるか——1章で挙げた権威バイアス・確証バイアス・自動化バイアスは、知識としてよりも体感として持っておくほうが効きます。議論の場でAIの出力を「たたき」として扱い続けられるかは、そこにかかっています。

決まったことを、どう残すか

議論の結果「決まったこと」を、あなたはなぜそう決めたか(WHY)と、判断した人の証跡とともにADRに記録します。ここが、Trusted Spec の条件②「根拠がある」が作られる瞬間です。

規範

順序は「議論 → 決定 → 記録」。記録は決定が下された後に書く。ADRには決定事項のみを記載し、確定前の論点は未決型ISSUEへ置く。

記録されない決定は、次の会議までに揮発し、AIにとっては存在しないのと同じになります。

ADRの書き方と、台帳としての扱いは、この後の2つの章で見ます。ここでは、議論の場で何を残すかだけを見ます。

何をADRにするか

すべての決定をADRにはしません。ただし、必ず残すものがあります——業務ルールに関してプロジェクトが下した決定です(2章)。業務ルールをどう実現するか、どう解釈するか、どこまで適用するか、例外をどうするか、誰が変えるか——これを決めたものが、それに入ります。外部設計で出る決定の多くも、ここに入ります。たとえば、与信の上限を超えた受注を、入力の時点で止めるか、登録の後で保留にするか——これは与信の業務ルールをどう実現するかの決定です。法令や社内規程のような、既にある業務ルールそのものは入りません。プロジェクトが決めたものではないので、業務ルールを書く文書に書けば足ります。

決まらなかったことを、どう残すか

議論しても、その場で決まらない論点はあります。判断材料が足りない、決める人がその場にいない、別の論点が先に決まらないと決められない——1章で見たとおり、あいまいさは段階的に解消されていくものなので、これは普通のことです。

大事なのは、決まらなかったことを「決まらなかった」と分かる形で残すことです。未決と書いてある箇所は、AIが勝手に埋められません。そして未決の一覧が、そのまま次の議論の議題になります。決まったことと未決のことが区別されている——Trusted Spec の条件①は、この場面で作られます。

規範

決まらなかったことは、未決型ISSUEとして残す。

ISSUEには2種類あって、決定の前と後をつなぎます。決める前の論点が未決型ISSUE、決めた後の反映作業が反映型ISSUEです。

ISSUEはADRの前後を繋ぐ
ISSUEはADRの前後を繋ぐ

図は、分かりやすいように主な流れだけを描いています。未決型ISSUEが決まると、多くはADRになり、反映型ISSUEで成果物に入ります。ADRにするほどではない決定なら、そのまま成果物に反映して閉じることもあります。

成果物の側では、未決の箇所に、そのISSUEのIDを添えた未決の印を付けます。これで成果物からISSUEへ、ISSUEから成果物へ、双方向に辿れます。実装するAIは未決の印を見て「ここは埋めてはいけない場所だ」と判別できます。

定義

未決型ISSUEになるのは、人が「決めるべきだ」と認めた論点だけである。検査の指摘は、人が振り分けて初めて未決になる。

そうしないと、AIが未決を量産して、議題が議題でなくなります。

未決を、成果物にどう書くか

あなたは、決まらなかった箇所を成果物の中に書き残します。

規範

決まっていない箇所は、すべて次の2つを満たす形で書く——①未決だと読み取れること ②該当する未決型ISSUEへ辿れること。

①は、「検討中」「要確認」といった言葉が本文に埋もれているだけでは足りない、ということです。そこが決まっていないと、読み手が見落とさずに分かる形になっていること。②で辿った先のISSUEに、なぜ決まっていないのか、いつ・誰が決めるのかが書いてあります。書いた形の例は、付録のサンプルにあります(【未決:ISSUE-0012】)。

ADRの注記は付けるところを絞ってよいのですが、未決の印は書き漏らせません。成果物を読む側——とりわけ実装するAI——は、ISSUEの一覧を見ないからです。印のない空白は、「埋めてよい空白」に見えます。

決まらなかったことを、持ち越す

未決型ISSUEは、放っておくと溜まります。反映型ISSUEは、【確かめる】で指摘が出なくなれば閉じられますが、未決型ISSUEには、閉じさせる力が働きません。だから節目で見直します。

規範

工程・単位の節目で、未決型ISSUEの棚卸しが行われていること。棚卸しとは、開いている未決型ISSUEを一覧し、次へ持ち込むか・今決めるか・不要になったかを人が仕分けることである。

単位を広げる節目も、この規範の対象です。業務フロー1本から広い範囲へ移るときに、開いている未決型ISSUEを一覧して仕分けます。単位をまたぐときに引き継ぎの作業が要らないのは、未決の側をこの棚卸しが拾うからです。

次章への橋渡し決めた理由はADRに残す、と言いました。ではそのADRは、どう書けば後で効くのか。
AI-Trusted Spec method 初版
© INTRAMART CORPORATION